ep.2 家出から20年後の家族との再会

ご依頼者:Eさん(女性35歳)

 Eさんと最初にお会いしたときの印象は、これまでとても大変な人生を送られてきた方なのだろうと言うことでした。年齢は、当時の私とさほど変わりませんでしたが、どこか薄幸な印象を与えてしまう、そんな方でした。そしてお話を伺うと、やはり人生の長い時間、苦労を積み重ねてこられたことがわかりました

 

 Eさんのご依頼は、人探し。実の親、兄弟を探してほしいとの事でした。

 

 そこで私は、Eさんに、なぜ親、兄弟との連絡が途絶えてしまったのか、事情をお聞きすることから始めました。発端はEさんの家出だったそうです。

 

 小さい頃に両親が離婚し、施設に預けられていたEさんは、中学校に入ると同時に、母親に引き取られました。当時、母親は再婚をし、別の男性と暮らしており、そこに姉妹と一緒に引き取られたのです。しかし思春期という年頃もあって、なかなか義理の父親とも折り合いが悪く、また、母親とも性格が合わず、居心地の悪い思いをしていたといいます。そして父親との衝突から、ついに26歳の時に家を出てしまいました。

 

 それから20年近く、旅館の住み込みで働いたり、水商売をしたりして、どうにか生きてきたEさんでした。

 

 実は彼女は、家を出てからも何度か自宅に電話をして、無言電話のまま、両親や母親や兄弟の声を耳にしていました。2、3年に1回は自宅まで訪ねていって、遠くから眺め、無事が家族が無事であることを確かめてもいました。

 

 ところが3年ほど前、自宅に電話をすると「この電話番号は現在使われていません」という音声が流れてきました。びっくりしたEさんはすぐに自宅に行きましたが、古くなった家はまだそのままだったものも、ポストはガムテープで塞がれて、空き家となっていました。

 

 その場所にぼう然としばらくEさんは立ち尽くしていたといいます。家族と連絡はとっていなくても、家があればそこには家族がいる。それだけで安心をすることができていたのが、今は自分と家族がつながりが一切絶たれてしまった。突然、天涯孤独、一人ぼっちの自分を感じて、大きなショックを受けたといいます。

 

 そうは言っても、10数年も行方不明となっているEさん自身が、近所の人に家族の行き先を尋ねるのは、さすがにはばかられました。とぼとぼと家に戻り、どうしていいかも分からずに、月日が経ってしまい、今日に至りました。

 

 探したい人の姓名がはっきりわかり、以前住んでいた住所も正確にわかりましたので、この人探しはそれほど困難ではありませんでした。中部地方のある都市から、関東地方に引っ越され、今は関東近郊にいらっしゃるご家族を、ほどなく見つけることができました。同時にEさんのご依頼を受けて、その後家族の近況についても調べさせてもらいました。

 

 Eさんには ご家族が見つかったことをお知らせし、報告書をお渡しするために事務所に来ていただきました。

 

「よかったですね。お父様は亡くなられていましたが、お母様、ご兄弟はお元気に関東近郊で暮らしていましたよ」

 

 そうお話ししますと、Eさんはほっとした様子をされ、たたみかけるように質問をされました。

 

「母は元気ですか? 兄弟は一緒に住んでいるのでしょうか。妹は……もう30歳過ぎているはずだわ、結婚とかしていますか?」

 

「お母さんはちょっと足が悪いようですが、健康でいらっしゃるようですよ。妹さんもご一緒にお住まいです」

 

 私はEさんの質問に答えてから少しおいて「でもね、」と続けました。

 

「ご家族の様子もわかれば調べて欲しいとおっしゃったので、調査員が現地にで調べてきましたが、Eさんはそれを知るだけで良いのですか。あなたがご家族の消息を知りたいと思った以上に、ご家族はEさんの事を心配されているのではないでしょうか。ご家族はあなたが生きているか死んでいるかもわからない状況中で暮らしているのですよ。あなたの家族のことを考えたら、このままでいいとは思えないね」

 

 するとEさんははっとしたように私を見つめ、それから下を向いてしまいました。

 

「母はもう70歳近いはずです。私は生きているとは、もう思っていないかも知れませんね」

 

「お母様ですもの、きっと信じて、ずっとあなたから連絡があるのを待っていると思う。ご家族が見つかったのは、いいチャンス。ここであなたが家族と向き合う勇気を持てば、あなたの未来も変わるはずよ」

 

私は力を込めていました。

 

 Eさんは10代で家を出てしまったため、ずっと自分の身分を証明するものもなく、ですから保険証を持つこともできませんでした。存在していながら、社会の中では認められない中ぶらりんな存在のまま生きてきたのです。でも少しだけ勇気を出して一歩前に踏み出すなら、社会の中で堂々と生きられる自分があるはず。私はそのためにEさんの背中を少しだけをしてあげたかったんです。

 

 少し考えさせて欲しいと言ってEさんは帰っていきましたが、それから数日して私の携帯に連絡が入りました。

 

「高田さん、高田さんのおっしゃる通りです。私、自分のことだけしか考えないで、嫌なことから逃げていたんです。やっぱり、家族に連絡をしなければいけないと思いました。でも、家族は私のことを許してくれるでしょうか。そう考えると不安で、どうしても連絡をする勇気がありません。助けてください」

 

 ここまで来たら乗りかかった船とでも申しましょうか。私がEさんとご家族との仲立の役割を請負い、私から関東近郊のご家族に電話を入れました。

 

 お電話に出られたのは妹さんで、事情を話すととても驚かれ、それから疑われ、それでも最後は喜びの声に変わりました。

 

 感動の再会は、私どもの事務所の相談室で行われました。実家からはお兄さんと妹さんが来られました。2人の到着を待つ間、そわそわと落ち着かない様子だったEさんも、ドアが開いて2人の姿が見えた途端、ワッと泣き崩れてしまいました。むしろ冷静だったのがお二人の兄弟で、私のにあいさつをした上で、Eさんにもペコリと頭を下げました。

 

 大丈夫かなと不安に思いつつ、第三者である私が一緒にいても話がしづらいだろうと席をはずすことにしました。パタンとドアを閉めた途端、

 

「何やってたん!どこ行ってたん!」

 

 と強く責めるような妹さんの声が聞こえました。でもきっと、それは私がいることで遠慮していたんだなと思いました。それから本人の本音で感情をぶつけあい、長く離れていた姉妹の距離がきっと少しずつ埋まっていくのだろうとその声を背中で聴きながら私は部屋を離れました。

 

 そして後日、再びEさんからお電話をいただきました。

 

兄弟と再会を果たした1週間後、関東近郊のお母様に会いに行ったということです。自分がイメージしたよりも一回り小さくなってしまった母に苦労をかけてしまったことを泣いて心からの謝ったそうです。

 

「でもね、高田さん。もしもあの時、高田さんがああいってくれなかったら、私は1人では絶対に、家族と会う勇気が持てなかったと思うの。そうしたらたぶん、生きている母の前で謝ることもできなかったと思うと、本当に感謝しています。それからね、あちらで住民票を移動する手続きをしてきて、付き合っている彼と籍を入れることになったの。ありがとう」

 

 そう言ってEさんは電話を切りました。

 

 私の願いは当社を訪ねてこられたお客様が、調査を終えてから3年後、5年後に笑顔でいてくれること。きっとEさんは今、素敵な笑顔で暮らしていることと信じます。

ep.1 小さな依頼者からの贈り物

ep.3 同居の息子を素行調査、の理由

ep.4 娘の愛した男の正体

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家出から20年後の家族との再会

ご依頼者:Eさん(女性35歳)

 

 Eさんと最初にお会いしたときの印象は、これまでとても大変な人生を送られてきた方なのだろうと言うことでした。年齢は、当時の私とさほど変わりませんでしたが、どこか薄幸な印象を与えてしまう、そんな方でした。そしてお話を伺うと、やはり人生の長い時間、苦労を積み重ねてこられたことがわかりました

 

 Eさんのご依頼は、人探し。実の親、兄弟を探してほしいとの事でした。

 

 そこで私は、Eさんに、なぜ親、兄弟との連絡が途絶えてしまったのか、事情をお聞きすることから始めました。発端はEさんの家出だったそうです。

 

 小さい頃に両親が離婚し、施設に預けられていたEさんは、中学校に入ると同時に、母親に引き取られました。当時、母親は再婚をし、別の男性と暮らしており、そこに姉妹と一緒に引き取られたのです。しかし思春期という年頃もあって、なかなか義理の父親とも折り合いが悪く、また、母親とも性格が合わず、居心地の悪い思いをしていたといいます。そして父親との衝突から、ついに26歳の時に家を出てしまいました。

 

 それから20年近く、旅館の住み込みで働いたり、水商売をしたりして、どうにか生きてきたEさんでした。

 

 実は彼女は、家を出てからも何度か自宅に電話をして、無言電話のまま、両親や母親や兄弟の声を耳にしていました。2、3年に1回は自宅まで訪ねていって、遠くから眺め、無事が家族が無事であることを確かめてもいました。

 

 ところが3年ほど前、自宅に電話をすると「この電話番号は現在使われていません」という音声が流れてきました。びっくりしたEさんはすぐに自宅に行きましたが、古くなった家はまだそのままだったものも、ポストはガムテープで塞がれて、空き家となっていました。

 

 その場所にぼう然としばらくEさんは立ち尽くしていたといいます。家族と連絡はとっていなくても、家があればそこには家族がいる。それだけで安心をすることができていたのが、今は自分と家族がつながりが一切絶たれてしまった。突然、天涯孤独、一人ぼっちの自分を感じて、大きなショックを受けたといいます。

 

 そうは言っても、10数年も行方不明となっているEさん自身が、近所の人に家族の行き先を尋ねるのは、さすがにはばかられました。とぼとぼと家に戻り、どうしていいかも分からずに、月日が経ってしまい、今日に至りました。

 

 探したい人の姓名がはっきりわかり、以前住んでいた住所も正確にわかりましたので、この人探しはそれほど困難ではありませんでした。中部地方のある都市から、関東地方に引っ越され、今は関東近郊にいらっしゃるご家族を、ほどなく見つけることができました。同時にEさんのご依頼を受けて、その後家族の近況についても調べさせてもらいました。

 

 Eさんには ご家族が見つかったことをお知らせし、報告書をお渡しするために事務所に来ていただきました。

 

「よかったですね。お父様は亡くなられていましたが、お母様、ご兄弟はお元気に関東近郊で暮らしていましたよ」

 

 そうお話ししますと、Eさんはほっとした様子をされ、たたみかけるように質問をされました。

 

「母は元気ですか? 兄弟は一緒に住んでいるのでしょうか。妹は……もう30歳過ぎているはずだわ、結婚とかしていますか?」

 

「お母さんはちょっと足が悪いようですが、健康でいらっしゃるようですよ。妹さんもご一緒にお住まいです」

 

 私はEさんの質問に答えてから少しおいて「でもね、」と続けました。

 

「ご家族の様子もわかれば調べて欲しいとおっしゃったので、調査員が現地にで調べてきましたが、Eさんはそれを知るだけで良いのですか。あなたがご家族の消息を知りたいと思った以上に、ご家族はEさんの事を心配されているのではないでしょうか。ご家族はあなたが生きているか死んでいるかもわからない状況中で暮らしているのですよ。あなたの家族のことを考えたら、このままでいいとは思えないね」

 

 するとEさんははっとしたように私を見つめ、それから下を向いてしまいました。

 

「母はもう70歳近いはずです。私は生きているとは、もう思っていないかも知れませんね」

 

「お母様ですもの、きっと信じて、ずっとあなたから連絡があるのを待っていると思う。ご家族が見つかったのは、いいチャンス。ここであなたが家族と向き合う勇気を持てば、あなたの未来も変わるはずよ」

 

私は力を込めていました。

 

 Eさんは10代で家を出てしまったため、ずっと自分の身分を証明するものもなく、ですから保険証を持つこともできませんでした。存在していながら、社会の中では認められない中ぶらりんな存在のまま生きてきたのです。でも少しだけ勇気を出して一歩前に踏み出すなら、社会の中で堂々と生きられる自分があるはず。私はそのためにEさんの背中を少しだけをしてあげたかったんです。

 

 少し考えさせて欲しいと言ってEさんは帰っていきましたが、それから数日して私の携帯に連絡が入りました。

 

「高田さん、高田さんのおっしゃる通りです。私、自分のことだけしか考えないで、嫌なことから逃げていたんです。やっぱり、家族に連絡をしなければいけないと思いました。でも、家族は私のことを許してくれるでしょうか。そう考えると不安で、どうしても連絡をする勇気がありません。助けてください」

 

 ここまで来たら乗りかかった船とでも申しましょうか。私がEさんとご家族との仲立の役割を請負い、私から関東近郊のご家族に電話を入れました。

 

 お電話に出られたのは妹さんで、事情を話すととても驚かれ、それから疑われ、それでも最後は喜びの声に変わりました。

 

 感動の再会は、私どもの事務所の相談室で行われました。実家からはお兄さんと妹さんが来られました。2人の到着を待つ間、そわそわと落ち着かない様子だったEさんも、ドアが開いて2人の姿が見えた途端、ワッと泣き崩れてしまいました。むしろ冷静だったのがお二人の兄弟で、私のにあいさつをした上で、Eさんにもペコリと頭を下げました。

 

 大丈夫かなと不安に思いつつ、第三者である私が一緒にいても話がしづらいだろうと席をはずすことにしました。パタンとドアを閉めた途端、

 

「何やってたん!どこ行ってたん!」

 

 と強く責めるような妹さんの声が聞こえました。でもきっと、それは私がいることで遠慮していたんだなと思いました。それから本人の本音で感情をぶつけあい、長く離れていた姉妹の距離がきっと少しずつ埋まっていくのだろうとその声を背中で聴きながら私は部屋を離れました。

 

 そして後日、再びEさんからお電話をいただきました。

 

  兄弟と再会を果たした1週間後、関東近郊のお母様に会いに行ったということです。自分がイメージしたよりも一回り小さくなってしまった母に苦労をかけてしまったことを泣いて心からの謝ったそうです。

 

「でもね、高田さん。もしもあの時、高田さんがああいってくれなかったら、私は1人では絶対に、家族と会う勇気が持てなかったと思うの。そうしたらたぶん、生きている母の前で謝ることもできなかったと思うと、本当に感謝しています。それからね、あちらで住民票を移動する手続きをしてきて、付き合っている彼と籍を入れることになったの。ありがとう」

 

 そう言ってEさんは電話を切りました。

 

 私の願いは当社を訪ねてこられたお客様が、調査を終えてから3年後、5年後に笑顔でいてくれること。きっとEさんは今、素敵な笑顔で暮らしていることと信じます。